来歴

来歴

生い立ち

山分ネルソン祥興

マレーシアPERAK州、IPOH市で生まれ、貧困な家庭で幼少期を過ごした。

母は教育を受けられず、読み書き計算はできず、父は、小学校2年で中退。

実家は移動式のお菓子屋を経営し生計を立てていた。幼少期から日本への憧れが強く、18才で来日。片道の航空券を握りしめ、無一文で日本に上陸し、自力でバイトをしながら生活を送る。

1992年、18才に、東京の日本語学校に通いながら勉強を続け、北海道大学薬学部へ進学。大学院まで進んだが、医者になりたい思いを捨てきれず、大阪大学医学部を受験し合格。

医師免許取得後

大阪大学医学部を卒業後、大阪市立豊中病院で研修医として生活を送る。研修期間中に豊中病院からは最優秀研修医の賞をもらう。当時研修期間中に妻が妊娠、出産を迎え、長男の誕生をきっかけに産婦人科医を目指すようになった。

山分ネルソン祥興

参議院選挙に立候補

産婦人科医として病院に勤務していたが、同僚の死をきっかけに業界の制度を変えたいとの思いから参議院選挙に立候補。第22回参議院選挙の新党改革の新人として立候補し106,038票を集めたが落選した。

希咲クリニック立ち上げ

参議院選挙落選後は、ネルソンの街頭演説に感動・感銘を受けた資産家からアプローチされ、同氏の協力を得て、大阪市淀川区の阪急十三駅近くに希咲クリニックを開院。

選挙中に訴えていた、女性医師の働き環境改善を実行するために、クリニック内にキッズルームやシャワー室などを完備させる。

それによって乳腺外科の女性医師が勤務することが実現でき、街の産婦人科クリニックとして、珍しく乳腺外科を併設させた。

そのような工夫によって、開業後、数十名の乳がん患者さんを診断・発見できた。